活動報告
<「声」のセミナー> ヴォイス・トレーニングのワークショップを通じて
船津明生
以前からいくつかの学校で「音声学」を教えている。担当している他の講座や企業研修などで、その「音声学」の豆知識を講義の中にはさむとけっこうこれがウケる。いろいろな集まりでその「小ネタ」を披露したり、世間話のついでに話すとこれも興味津津で聞き入ってくれる人がいる。
「ことばとは<音>である」とか「声帯の振動の音を<声>という」といった、院生であれば常識であるようなことである。また「はーい、みなさん息を止めてください、そしてそのまま『あー』と言ってみてください、はい、言えませんね」などという他愛もないものである。しかし、世間一般の人々は自分の声がどのようなメカニズムで作られているのかがあまりよくわかってなくて、そしてそのことにとても興味がある、ということがわかってきた。
そのうちに、もう少し本格的に話してくれ、と御座敷がかかることになり、さらに「自分の声に自信がないんです」、「人前で話すことが多いのですが聞き取りにくいと言われて」等々、みなさんお悩みの御様子。そして私自身も、もっといい声で話したいと、オペラ歌手のヴォイス・トレーニングをうけてきた経緯があり、そのあたりの気持ちもよくわかる、ということでヴォイス・トレーニングのワークショップを開催することになった次第。
以下、今年に入ってからの主なWSを紹介しながら活動を振り返ってみることにする。
1月10日、栄地区のヨガスタジオ、題して「素敵な声になろう」。内容紹介文の末尾に「いい声はいいルックスと同じくらい異性に影響力があります」が効いたのか、けっこうな人数。音声学の基礎理論と呼吸を深める体操、そして発声練習と時間は瞬く間に過ぎる。
アメリカでは政治家やエグゼクティブには専任のヴォイス・トレーナーがいるのに日本では「沈黙は金」なのか、「発声」がないがしろにされているようだ。
3月14日、住宅街の中のヨガスタジオ、主婦の方々やヨガ未体験の中年男性もいる。みなさん体が硬い。呼吸が大事だ、発声は筋肉運動だからトレーニングが必要だと力説。でも精一杯「声」を出して、みなさん瞳がキラキラ、ストレス解消にもなったことを確信。
5月1日、ヴォランティアで高校の演劇部へ指導に行く。やたら元気な高校生(当方がオジサンなだけか)が30数名。演劇は声が生命線だけにみんな真剣な表情。きっちり体育会的に2時間しごいてみる。ちゃんとついてくる。可愛い。筋肉をゆるめる体操がみんなお気に入り。微妙な感情表現にはプロソディが大事だと一応理論も。
5月23日、三河の地域のサークル、いろいろな人がいる。「声で第一印象が決まることは多いです、服装や髪形、メイクをキメるにはお金がかかりますが、素敵な声になるためにお金は要りません」みなさん頷いてくれる。S音にZ音、そしてM音やN音のハミングレッスン。「豊かに響く発声法を身につけましょう」「丹田を意識しましょう」やはり時間は足りない。継続して練習したいとの声。三河まで毎月通うことになるのか。
7月2日、某企業研修。取締役はこのWSのことをよく知っているが、社員は皆「なんで仕事後に研修やらされるんだ」という不満がありあり。こんな時には発声や呼吸はひとまず置いて、ペアハンドヒーリングで手指をマッサージ、みるみるうちに全員の顔がなごむ。「営業も受付も声が大事です、特に交渉事やお客様の接待には説得力のある落ち着いた声が効果的です」といった説明もちゃんと受け入れてもらえたようだ。最初とはうって変わった雰囲気に、調子に乗って得意(だと本人が思っているだけ)のアベマリアを一小節だけ披露、そして後悔。
ヴォイス・トレーニングは、一般に歌を唄うためのものや、事故や手術、また精神的なものが原因で発声ができなくなった人の機能回復のためのものがある。しかし歌手を目指す人や障害を持つ人以外のごく普通の人たちも発声のレッスンを受けたい、いい声になりたい、自信を持って人前で話せる声になりたいと思っている。また、教師・インストラクター・弁護士・カウンセラー・司会者・俳優など「声」がその人のパフォーマンスを左右する職業も多い。また、「発声」と切っても切れない関係性を持つ「呼吸」も、もっとその重要性が見直されていい。私の持つ乏しい知識でも、それがわずかでも人の役に立つのならば幸いである。単純にウケるのが楽しいというのもあるが、これからも呼ばれればどこへでも行くつもりだ。呼ばれる内が華なのだと主任教授にも先日言われたばかりである。